幸せの青い鳥

子供の頃、誰でも絵本・紙芝居などで1度は読んだことがある
メーテルリンクの 「 青い鳥 」

チルチルとミチルは「幸福の青い鳥」を求めて旅に出る
でも 青い鳥は見つからず あきらめて家に帰りつき
ベットに横になると 家で飼っているペットの鳥こそが
幸福の青い鳥であることに気づく

・・・・話の筋は大体こんな感じです

私が子供の頃、このお話を読んでから
ずっと心の片隅に 漠然と引っ掛っているお話であり 思想です。
( だもんで気が付くとHPのあちこちに飛んでいる・・・)

作者のメーテルリンクは
「 幸福は身近なところにあり 私達はそれに気づかない 」と
教えてくれているのだと思いますが
子供だった私には、その意味がわからなかったし
大人になってからは 綺麗ごとだと思った。

否定する気持ちの反面 自分が追い求めている答えの様な気がして
人生の節々で メーテルリンクの「 青い鳥 」の話を思い出します

(↓私が病気や怪我をした時、しみじみ思ったことを
忘れないように書いてます)

"あたりまえのことは何ひとつとしてないこと"
歩けることも 食べれることも 飲めることも 眠れることも
住む家があることも 働けることも 自分を養ってくれる人がいることも
すべて あたりまえではないんだな
だから日々 全てのことに感謝の気持ちを持って
「 アレもコレもやらなきゃいけない 」 じゃなく
「 アレもコレもやれる 」って喜ばないと。
嫌なことでも やれるってありがたい。
やれないことが一番つらい。
あたりまえになって感謝の気持ちが薄れてくると
不平、不満、愚痴に思えてくる
そんな時は 病気や怪我をした時を思い出して
なんでもやれることってありがたいんだな、と思ったことを思い出して
曲がったものさしを元に戻していこう。

浅はかな考えで 幸せな未来を計画しても その通りにはならない
人生は 自分、人間がコントロールできるようなものでは到底ないと思う
お金があっても 体や心に悩み 苦しみがあったら
青空のない 灰色の闇の中にいるようなもので
空に綺麗な青空と 真っ白い雲が浮かんでいても
心に晴ればれしたものがなかったら
晴れていても晴れてないのと同じ。
幸せってなんなのか、一生かけても
はっきりした答えが出ないかもしれないけど
澄みきったあの青空のように 心が晴ればれとしていることなのかな、
と、最近気思う私です。

若い時はしょっちゅう死にたいと思ってたけど
30過ぎて "人生なんてあっという間に終わる・人間の一生は短い"
"生を悩むほど長くはない"としみじみ思った。
"自分はよくやったなぁ,頑張った"と思えて
笑顔で死んでいけたら それもとっても幸せなことだと思う。
そう思って天国に行かれるように
限りある人生をせえいっぱい生きていこうと思う
(※↑自分で自分に宛てて書いてます(笑)


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